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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)21号 判決

東京都荒川区西尾久五丁目一番三号

控訴人

西村友次郎

右訴訟代理人弁護士

田口康雅

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被控訴人

荒川税務署長

鎗田健亮

右指定代理人

中村勲

二木良夫

田端恒久

佐伯秀之

白鳥庄一

右当事者間の昭和四八年(行コ)第二一号所得税更正処分等取消請求控訴事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人が昭和四二年八月三一日控訴人の昭和四一年分所得税についてなした更正の全部を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、控訴代理人において別紙(一)記載のとおり陳述し、被控訴代理人において別紙(二)記載のとおり陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所も被控訴人が昭和四二年八月三一日控訴人の昭和四一年分総所得金額についてなした更正は金四、二九六、二二二円の限度で適法であると判断するものであつて、その理由は、「本件財産分与がもつぱら控訴人と訴外照子が夫婦として共同生活を継続中に取得した共有の財産の実質的清算としてのみ行われた旨の控訴人主張の事実は証拠上これを認め難い。一と附加するほか原判決の理由に説示するところと同一であるから、これを引用する。

よつて、、本件控訴を理由のないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 満田文彦 裁判官 真船孝允 裁判官 鈴木重信)

一、財産分与については、一般に夫婦財産関係の清算分配の要素と、離婚扶養の要素と、損害賠償の要素とが考えられ、この三要素のうちどれがどれほどの重みをもつているかは、具体的場合についてみるほかないものであるところ、本件財産分与については、前記の婚姻生活の経過に照して考えると、清算分配の要素のほかは無視して差支えないと認められるのである。

しかして本件財産分与における共有関係の清算を、原判決の如く、本件土地及び建物(原判決添付目録記載二の土地及び一の建物)について各個に判断し、本件建物はもともと控訴人の単独所有に属したものでこれが全部照子に移転し、本件土地はもともと両名の共有(持分平等)に属したものでこのうち控訴人の持分二分の一が照子に移転したとみることは樹を見て森を見ない誤りを犯しているものである。もし右のような見方に立つならば、原判決添付目録記載の三ないし五の各不動産についても相互の各持分譲渡を同様に認めて、右三の建物についても控訴人の持分二分の一の照子に対する移転を、右四の土地については照子の持分二分の一の控訴人に対する移転を、また右五の建物についても照子の持分二分の一の控訴人に対する移転を、同様に認めなければならないわけであるが、このような煩雑さは本件財産分与の実態からは遠く離れてしまうものであり、しかも本件のような各登記名義関係においては右三ないし五の不動産の各持分譲渡は本件争点の判断に何ら影響しないこととされ、無視されてしまうのである。

二、本件財産分与は、原判決添付目録記載一ないし五の不動産と、会社経営権とを合した総共有財産について、右一ないし三の不動産(本件土地、建物及び右三の建物)を当初から照子の所有とし、残りを当初から控訴人の所有とするものとみるべきである。このような見方が本件のような財産分与の実態に最もよく合致するものである。一旦共有関係に属したものがのちにさかのぼつて単独所有とされる例は遺産分割にみられる。すなわち、相続によつて遺産に属する個々の財産はそれぞれ相続人の共有となるのであるが、遺産分割が行われると右共有は相続開始の時にさかのぼつて否定され、分割による取得がさかのぼつて効力を生じるのである。

もとより右遺産分割の場合には民法第九〇九条の明文の規定がある。これに対し財産分与について前記のように解することについては明文はない。しかし財産分与と遺産分割との間の類似性に鑑み、右法案を財産分与に類推することは正当である。この点に関し、遺産分割の審判において、厳密に相続分の割合によるべしとする従来の定説に対し、近時相続人である妻の遺産に対する寄与分を遺産から控除し、その残りを分割すべしとする学説や裁判例(神戸家裁尼崎支部昭和三八年八月二二日審判、家裁月報一六・一・一二九、高松家裁丸亀支部昭和四三・七・一七同月報二二・四・四三)があることも参考となる。

本件財産分与においては、少くとも譲渡所得税との関係では、控訴人からの本件土地建物所有権移転はなく、被控訴人の更正決定は取消を免れない。

控訴人は、財産分与と遺産分割との間の類似性に鑑み、民法第九〇九条の遺産分割の遡及効に関する規定を財産分与に類推すべきであるとし、控訴人ら夫婦が原判決添付目録記載一ないし五の不動産と控訴人が主宰する会社経営権とを合した総共有財産について、右一ないし三の不動産は当初から妻照子の所有となり、残りは当初から控訴人の所有となるものとみるべきであり、本件財産分与においては、少なくとも譲渡所得税との関係では、控訴人からの本件土地建物の所有権移転はない旨主張される。

しかしながら、控訴人の右主張は、次のとおり失当である。

一、遺産分割の性格について

相続財産は、相続の開始と同時に共同相続人の共同所有となるが、その共同所有関係は通常の共有関係とは異なり遺産分割が終了するまでの暫定的・過渡的な形態にすぎないものである。

すなわち、相続財産は、遺産分割によつて共同相続人の相続分と実情・相続財産の種類などに応じて総合的かつ包括的に適正妥当に分配され、各個人の単独所有または通常の共有に移行される(民法第九〇六条)。そして遺産分割によつて遺産を構成する個々の財産は相続人中の誰に確定的に承継帰属するかが、はじめて具体化するのである。

二、遺産分割と財産分与による財産取得の非類似性について

1. 相続財産が現実に分割されるのは、協議の成立あるいは家庭裁判所の処分がなされた時であるが、相続財産の分割は、相続開始の時に遡つてその効力を生ずる(民法第九〇九条)。このことは前項で述べたとおり相続財産が、理論的には、はじめから分割されているものを後に至つて宣言ないしは認定したものにほかならないと考えられるところから、相続人が分割によつて取得した財産は、その効力が相続開始の時に遡及し、相続開始の時から個々の相続人が直接被相続人から単独で承継取得したものとされるのである。したがつて、一旦共同相続人において通常の共有として相続したものが遺産分割されたことによつて無効とされ、分割による取得が相続開始の時にさかのぼつて効力を生ずるものではない。

これに対して財産分与による財産の取得は、離婚によつてはじめて発生した財産分与請求権に基づく取得であり、いわば請求権に対する債務の弁済として取得したものであり、その効力は分与についての協議の成立または家庭裁判所の処分がなされた時から生ずるものであつて、分与者が財産を取得した時にまでさかのぼる性格を有するものではなく、遺産分割による取得と性格を異にするものである。

2. また、遺産分割において、相続人である妻の遺産に対する寄与分をまず遺産から控除し、その残りを分割すべしとする学説や家庭裁判所の審判例の考え方は、遺産分割の制度上のあり方としての理論または特殊事情にもとづく分割の一手段として理解すべきであつて、相続財産が夫婦の共有であることによるものではなく、そのような学説があり、また審判がたまたまなされたからといつて、これをもつて民法第九〇九条を財産分与に類推すべきではない。

3. さらに、現行民法においては、夫婦財産制度として完全な別産制を採用しており、夫婦の一方が婚姻中に自己の名で得た財産は、夫婦別産制にしたがつてその者の特有財産とする(民法七六二条一項)として所有権の帰属を明らかにしており、離婚の場合においては財産分与請求権を行使することによつて夫婦財産関係を清算することとしているのであつて、婚姻中に取得した財産のすべてを共有に属するものとはしていないのである。

なお、婚姻中に取得した財産について、夫婦の何れに属するか明らかでない場合に限つて共有財産と推定される(民法七六二条二項)のであつて、当事者間に特有財産であることについて争いない財産についてまでも共有と解することは現行民法の解釈上許されないものといわなければならない。

三、以上のとおりであつて、控訴人の遺産分割と財産分与による財産の取得の類似性についての主張は、夫婦が婚姻中に取得した財産はすべて夫婦の共有に属するものであることを前提としたものであり、遺産分割と財産分与の本質を誤り、かつ夫婦別産制を無視した理論といわなければならず、明文もないのに財産分与に民法第九〇九条の規定を類推することは許されるべきものではない。

四、したがつて、財産分与による財産権の移転は共有物の分割そのものではないので、控訴人主張の一ないし三の不動産は当初から照子の、その余は当初から控訴人の所有であるとみるべきではなく、本件土地建物の所有権は、分与についての協議が成立した時に控訴人から照子に移転されたものであり、本件土地建物の移転について譲渡所得の課税が行われることは原判決摘示のとおりである。

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